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龍泉閣スタッフブログ
さあ、お城にのぼるぞ?(*^_^*)
「おぉ?!」
長時間歩いたので、疲れてきましたが、もうひとふんばり、天守閣に登ります。
「おっきいなぁ?(*^_^*)」
鎌倉時代の末期に、播磨国の上郡の豪族であった赤松則村は、1333年、後醍醐天皇に味方して、姫山に集結させた千二百騎の部隊を京都に向かわせました。その13年後の1346年に彼の次男、貞範(さだのり)が姫山に小さな山城を築きました。これが姫路城の始まりとされています。
秀吉が播磨一帯を平定すると、当時、姫路城を預かっていた黒田孝高(官兵衛)は、中国地方の毛利氏討伐の拠点として姫路城を献上しました。そこで、秀吉は、1580年から1年がかりでその山城を3層の本格的な天守閣に改築しました。しかし、関ヶ原の戦いの後、家康の次女を妻とする池田輝政が城主となると、秀吉の建てた姫路城を取り壊して、1601年から8年の歳月をかけて現在の5層の天守閣を持つ姫路城を築城しました。2001年には、築城400周年および国宝指定70周年を盛大に祝いました。
姫路城には、心柱が、東西に2本あり、根元直径95cm、末口42cm、高さ24.6mもあります。この心柱は、地階から6階の床下にまで延びています。写真の西の心柱は、木曽国有林の樹齢780年の檜と地元 笠型神社の樹齢670年の檜を3階で継ぎ合わせています。以前の心柱は三の丸広場の入場券売り場右に展示されています。なお、東の心柱は、現在も昔からの古い柱が使われています。
「あ!鉄砲や!」
当時の面影が城のあちらこちらに見られます。
よ?し!てっぺんに着いたでぇ!
「やった?(*^_^*)」
急な階段をよくがんばりました。
「あ、パパ、魚がおるでぇ!」
鯱(しゃちほこ)です。
屋根の上の鯱は、火災を避けるための、水に縁のある魚にちなんだ装飾です。
天守閣を出て、下っていくと大きな石壁があります。扇の勾配といわれています。
?扇の勾配?
敵に石垣をよじ登らせないための工夫として、石垣の上の方が反り上がるようになっています。開いた扇の曲線に似ているというので、こう名づけられています。
今回は、共通券を購入していたので、城の西にある姫路城西御屋敷跡庭園『好古園』にも行きます。
「パパ、しんどいぃ?(>_<)」
もう少し、がんばろう!
?好古園?
姫路市制100周年を記念して建造された約3.5haの回遊式日本庭園で、文化財の保全と活用を兼ねた新しい文化の場として1992年に開園しました。
この名称は、かつての藩校『好古堂』にちなんで命名されました。整備前の発掘調査で、1618年に本多忠政が造営した西御屋敷や武家屋敷、池、屋敷門、町筋などの遺構が確認されました。屋敷割や通路の地割を生かした大小9つの庭園および樹林帯と広場から成っています。庭園内には築地塀・屋敷門、長屋門や渡り廊下で結んだ2棟の休憩所『活水軒・潮音齋』と茶室『双樹庵』があります。姫路城西の丸一帯の原生林を背景とする『好古園』を散策しますと、江戸時代にタイムスリップしたような見事な景観をお楽しみいただけます。
「パパ、もみじがきれいでぇ?!」
庭のもみじがきれいに紅葉しています。
がんばって、歩いて良かった(*^_^*)
今回の旅は、これでおしまいです。有馬ナビ新年号では、世界文化遺産 姫路城を、詳しく、動画も交えて、ご紹介します。姫路城へお越しの際は、ぜひ、日本三名泉、有馬温泉へお越しください。
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